静観寺
臨済宗

正覚山静観寺。元々は、天台宗の古刹と伝えられる。そのためか境内には、近世初期頃に建立されたと思われる伝教大帥の供養塔がある。
  その後、臨済宗となり、安国寺の末寺となっている。南北朝時代、江戸時代に度々火災にあい、多くの文化財・什宝がなくなっている。
  江一戸時代、朝鮮通信使の常宿ともなっている。
  境内には祇園宮の大宮司の大宮氏の歴代墓がある。
  現在は京都・妙心寺派に属する。

山門

本堂

一石五輪塔 高さ154cm
伝教大師の供養塔。
近世初期頃の作と思われる。


石造地蔵菩薩立像

総高114cm

像の裏面に「工匠 泉挙」とある。
大正時代頃の作。近代の作としてはかなりの優作で
特に顔の表情が美しい。
木彫り仏にせまる石仏で複雑な造形技術をもった作者である。
森下博氏の寄進である。



掲載資料は福山市鞆の浦歴史民俗資料館編集の 港町鞆の寺院 その2 臨済宗寺院によります。

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