沼名前神社 (ぬなくまじんじゃ)


沼名前神社
沼名前神社略記
 御 祭 神
大綿津見命 (おおわたつみのみこと)
須佐之男命 (すさのおのみこと)
 御 由 緒
大綿津見命を祀られ、海路の安全を祈られたのが当社のはじまりです。
また、 須佐之男命は、普通、祇園さんとも、天王さんともいわれ、各地にまつられています。当地に鎮座の起源年代等は不詳ですが、備後風土記をはじめ、口碑、伝説等によってもその悠久な事がしのばれます。
 御 神 徳
大綿津見命は、海に関する事を統治される神様で、海上を航行する者、漁業を営む者が特に崇敬されます。
須佐之男命は、病気を防除し、産業を守護される神様であり、又日本で最初に和歌を作られた神として、文芸学問の祖神としても崇められています。
 神社と町名との関係
神功皇后、西国より都へ帰られる途中、再び御召船を此の浦に寄せられ、先年おまつりになった大綿津見命の大前に、常に身につけておられた「鞆」(昔、弓を射るとき使った武具の一種)を奉納されてお礼を申され、御妹君、虚空津姫命を此の地に留め祭主としてお仕えさせられた。これにより此の浦を「鞆の浦」と呼ぶようになったと伝説があります。又虚空津姫命は淀姫命とも申され、今、鞆港の入口の丘の上に淀姫神社として、何時の頃からかまつられています。

稜威の高鞆 稜威の高鞆(いづのたかとも)

社務所に掲げられている絵画です。
稜威の高鞆と呼ばれ、実物は非公開です。
この「鞆」の形が港湾の形と似ていることから「鞆の浦」と名づけられたとも言われてます。


第二鳥居
第二鳥居(肥前鳥居)  重要文化財指定(県)

珍しい形の石鳥居。普通は、明神鳥居と呼ばれる形ですが、上部の笠木の形が変わっています。
笠木の先端が丸味を帯びて、そり上がり、その上に鳥が止まっているように見えます。
"鳥衾"(とりぶすま)といわれるもので、このような形式の鳥居を肥前鳥居と呼びます。
鳥居の石柱は細身で、高さは4.5mもあり、全体的にとても華麗です。
寛永二年(1625年)、福山藩 水野2代勝重が長男勝貞誕生に当り、その息災延命の為に寄進したと言われてます。

鳥衾 "鳥衾"(とりぶすま)
随神門 随神門

随身門ともいい、随身は左大臣(向かって右)といい、冠をつけ兵杖を帯した衛士と矢大臣(向かって左)といい、剣を帯び矢を負うた衛士があります。享保20(1735)年の建造物です。

拝殿正面 拝殿正面

平安時代初期(800年代初め)に遷宮されたと言われる「鞆祇園宮」は明治四年に全国の社(やしろ)を官、国幣の別に社格を分けるに当たって、延喜式内の古社と認め、国幣小社に決定されました。
明治八年には官命によって社名が「沼名前神社」に改名され、同時にそれまで摂社として祀られていた渡守神社(わたすじんじゃ)の祭神、大渡津見命(おおわたつみのみこと)を本殿に鎮め、須佐之男命(すさのおのみこと)が本殿より遷り祀られることになりました。
明治18年、幣殿、拝殿、端垣など改築され、大正元年に絵馬堂を北側に移転し、社務所、神饌所を移転改築した。
絵馬堂は昭和47年9月8日の大洪水により流失しました。

拝殿側面 拝殿本殿側面
石燈籠左石燈籠右 石燈籠一対  重要文化財指定(市)

拝殿前の左右にあり、慶安4年(1651年) 水野勝貞寄進。
祖父勝成重病と聞き、病気平癒を祈願して奉納したものと言われてます。
六角形の台座に、直径47.4cm の柱を建て、その上に六角形の中座、火袋、笠石、宝珠をのせ、高さが3.24m の石燈籠です。形式、手法とも、標本的なものでであると評価されております。

拝殿の右に祀られている神社

左から
八幡神社・竈(かまど)神社・松尾神社・厳島神社
他に、渡守神社・護国神社等があります。
沼名前神社にお参りするとその他、天神社などの全国の有名な神社が祀られています。

力石 力 石 重要文化財指定(市)

力石は吉凶を占うことから始まったといわれています。
しかし、この力石は、鞆港の「仲使(士)(なかし)」が祭礼のときなどに力比べをし、神社に奉納したものです。

能舞台 能舞台  重要文化財指定(国)

この能舞台は、豊臣秀吉が配下の将兵の長期の戦場での慰安用に造られたもので、簡単に分解して移動できました。
伏見城に置かれてましたが、二代将軍徳川秀忠が伏見城取り壊しの時、現在福山城にある伏見櫓とともに水野勝成に譲り渡しました。その後万治年間(1650年代)に三代水野勝貞は、鞆の津祇園社(現沼名前神社)に寄進しました。そして、こけら板で葺き、楽屋、鏡の間、橋掛りを常設し、固定舞台となってます。

能見所 能見所

能舞台の正面にある建物は能見所です。
正面、脇正面は舞台を目線に合わせてスロープをかけている野外劇場になっています。

翁

翁の面  (市重文)

豊臣秀吉所用の面(桃山期)と伝えられている。
非公開です。

資料提供:鞆の浦歴史民俗資料館


説明文は沼名前神社社務所編の「沼名前神社略記」と
鞆の浦歴史民俗資料館編の「鞆の浦の自然と歴史」を参照させて頂きました。

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