淨泉寺
浄土宗

海寶山淨泉寺。元和年間(1615〜1623年)の創建と伝えられる。
福禅寺・対潮楼は、国史跡の「朝鮮通信使遺跡鞆福禅寺境内」として、著名であるが、これに隣接する淨泉寺も朝鮮通信使の上官(製述官など)の常宿となっていた。
製述官は、接待役の福山藩や宝暦度の岡藩の儒者と唱和詩文を残している。当時は海に面した絶景を臨む立地にあった。それを伝える「迎仙閣」の書額が座敷に掲げられている。

昭和初期の写

本堂
「迎仙閣」の書
天游の落款があり江戸中期に京都で活躍した文人・儒者の服部蘇門(1769年没・46歳)の書と思われる。仙酔島を迎える程の眺望のよさを「迎仙閣」と命名したと思われる。
木像阿彌陀如来坐像
像高31cm 厨子の高さ88cm

京仏師の作と思われる。江戸中期の作。
厨子に脇侍を雅に描き、三尊像としている。
台座も技術的に巧みである。



掲載資料は福山市鞆の浦歴史民俗資料館編集の 港町鞆の寺院 その3によります。

【 戻る 】