慈徳院
臨済宗



大悲山慈徳院。慶長6年(1602)、福島正則を大檀越として松雪得松が開山すると伝えられる。
その芸備藩主の福島正則は、キリシタンに対して友好的であり、妻子は洗礼を受けたと言われる。
海駅であった鞆には、そうした藩主の中でキリシタン文化が広まった。元禄3年(1690)の文書には「備後国沼隈郡鞆商売人切支丹宗信次女本人・・・旦那寺同所禅宗慈徳院ニ而土葬ニ取置・・・」『芸備キリシタン史料』とあり、慈徳院とキリシタンの関係は深かったのである。
こうした新しい文化、宗教を受容したのが港町鞆の特徴の一つである。
境内には、薬師堂があり、宗派を問わない信者がある。
現在は京都・妙心寺派に属する。

山門
  
  

本堂
本堂は再建されているが、手前の庫裏は創建当時のものと伝えられる。

薬師堂

   
   

石造薬師如来坐像 総高93cm
形式は阿弥陀如来と思えるが薬師如来として信仰されている。
江戸時代の作と思われる。



掲載資料は福山市鞆の浦歴史民俗資料館編集の 港町鞆の寺院 その2によります。

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