大観寺
時宗


興楽山本願寺。開基は、鎌倉時代の一遍上人と伝えられ、瀬戸内海の時宗の拠点であったと思われる。それを物語る鎌倉時代の見事な当麻曼荼羅図(兵庫県重文)が、兵庫県加古川市の龍泉寺に伝来している。この仏画によっても、当時はかなりの伽藍を有する大寺であったと思われる。また、優れた仏像も数多くあったと推定され、末寺も数ヶ寺あった。
江戸時代を通して、朝鮮通信使の常宿でもあった。


山門

本堂
一遍上人立像 高さ55cm

江戸中期の作と思われる。
一遍(1239〜1289年)は伊予(愛媛県)に生まれる。
1274年に時宗を開創。
当院再建諸霊名録 貞亨元年(1684)

この江戸前期に四百年遠忌を挙行している。
これによると開基は鎌倉時代である。それを裏付ける史料が、現在の加古川市の龍泉寺に伝来する「当麻曼荼羅図」である。



掲載資料は福山市鞆の浦歴史民俗資料館編集の 港町鞆の寺院 その3によります。

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