福禅寺
真言宗

 真言宗、海岸山福禅寺は多様な事跡を刻んだ寺院である。
野々口立圃(1595〜1669)の『備後国鞆の浦観音堂之縁起』では、航海安全と子安観音の観音信仰を説いている。本尊は千手観音(鎌倉時代、市指定重要文化財)であり、木造地蔵菩薩半跏像(鎌倉〜室町時代、市指定重要文化財)や木造役行者像及び二鬼像(室町時代、市指定重要文化財)など、鎌倉〜室町時代に隆盛を極めた寺院であった。また、江戸時代になって、庚申信仰を集めた寺院でもあった。
江戸初期の「寛永15」(1638)年に京都大覚寺の末寺となっている。
 境内は国指定史跡「朝鮮通信使遺跡鞆福禅寺境内」であり、朝鮮通信使はここからの眺めを”日東第一形勝”と絶賛した。

対潮楼

本堂

木造役行者像及び二鬼(前鬼後鬼)像
室町時代末期  市指定重要文化財

像高 役行者77.1cm、
    前鬼(向かって右)31.0cm
    後鬼(向かって左)34.2cm

修験道の開祖とされる役行者は、頭巾をかぶり高下駄をはき、前鬼(吽形)後鬼(阿形)の二鬼を伴う。
玉眼嵌入で彩色し、仏像彫刻の衰退する室町時代における肖像彫刻の優作である。
木造青面金剛立像及び三猿・二鶏・二童子・四鬼神像
江戸前期  市指定有形民俗文化財

中央:青面金剛立像 像高68.2cm
その両端:二童子立像 像高27.9cm, 27.7cm
両端:二鶏像 像高21.5cm, 25.3cm

庚申信仰は、青面金剛に、病魔や災いを除いてもらうよう信仰された。
寺院内に「庚申堂あり、寛文年中(1661〜1673)に像立となり」(『あくた川のまき』1682年)とあり、江戸時代前期の作である。
寺院内の庚申信仰で、彫像がそろって伝存するのは他に例をほとんど見ない。

三猿神像 総高38.7cm

四鬼神像 像高約36cm

木造千手観音立像
鎌倉時代 市指定重要文化財
像高:107.6cm

福禅寺の本尊で長らく本堂の厨子に安置された秘仏である。
優麗な面想が魅力的である。

木造地蔵菩薩半跏像
市指定重要文化財
像高:69.1cm

本像は右足を曲げ左足を踏み降ろした半跏趺坐の姿で、目は彫眼とし、漆箔はほとんど剥落している。
豊麗で洗練された表現は平安仏を連想させ、後補もあるが製作時代は鎌倉時代にさかのぼると思われる。
福禅寺の仏像中の秀作である。

対潮楼からの「日東第一形勝」の眺め。



掲載資料は福山市鞆の浦歴史民俗資料館編集の 港町鞆の寺院 その1 真言宗寺院によります。

【 戻る 】